これからの男の子たちへ 言葉より先に手が出る人。父親、生活指導の教師、部活の先輩、「男は黙って…」の家父長的存在。子どもにとってそれらは恐怖だ。そして殴られ続けた側が諦念とともに伝える努力を放棄し、いつしか家父長的コントロールを踏襲してしまう確率は高い。
 
 一般的に男性は自分の内面を言語化するトレーニングが著しく不足していると著者の太田啓子さんはいう。弁護士として多くの離婚やDV問題にかかわってきた経験に基づいている言葉だけに重みがある。いっぽう女性は生まれた時点でアドバンテージを受け取る男性に比べて、家庭的、社会的にハンデを背負わされやすい。抑圧、周縁化され続けるなかで必死の思いで自分の言葉を獲得してゆく。だから相談を受けていても個々の抱えている問題が伝わってきやすいのだという。
 
 太田さんには育ち盛りの息子さんが二人いる。この二人の世代の男の子たちに希望を託して出版された。現在の日本は絶望的といっていいほどの“男性(おじさん)社会”である。それに対する異議申し立ての筆致が明るいのはこの本が未来に開いているからだ。

    「男の子だよね」「やっぱり女の子だからね」「アホ男子」…。家族のなかで、学校で、地域で、身近な場所に潜む悪意なきジェンダーロールの罠。対談で小学校教員の星野俊樹さんは、誰がそうさせているわけでもないのに男子が校庭の中央を占拠するように遊び、女子はその周囲に分散している日常の光景に違和感を覚えると話す。そういった状況には子どもたちの自由と主体性を保障しつつも意識を持った大人の介入が必要ではないかと問いかける。ほかに清田隆之さん、小島慶子さんとの対談も刺激的で示唆に富む。
 
 ぼくを含めたかつて「男の子」だったおじさんたちこそ読むべきだと思うし、属性や年齢を問わずあらゆる人々と共有できたらいい。太田さんの狙いもそこにあるはず。一日だけスポーツ新聞やスマホを閉じてこの本を開こう。まず生まれながら(性別)の優位性に思い当たり、次に“らしさ”の刷り込み押し売りで縛られたガチガチの身体を感じることができたらしめたもの。とことん悩もう、悩みながら考えよう。誰かに話そう。このガチガチ感が一体どこからきたのか。支配される心はなぜ自分より弱い者を支配したがるのか。仕掛人がいるとしたら誰なのか。

 みんなが弱さをさらけ出し合い、受け止め合えるようになったとき「おじさん社会」の終末期がみえてくるのかもしれない。自分を変える勇気を授けてくれる本は、社会をより良い方向へ転換する希望の種子だ。
夏から秋