2018年01月
昨夜は酒亭いぶきでパリに住むお孫さんの面倒を見るために定期的に渡仏しているじぃOさんに同い年の落語家Mさんとぼくの3人で3時間ずーっと相撲の話。稀勢の里の連敗をどう見るかを皮切りに時代はポーンと吉葉山、千代の山、信夫山へ跳躍した。ここまで遡るとさすがにMさんとぼくは写真くらいでしか知らないわけで、その時のOさんの行司から勝ち名乗りを受けたような顔といったらなかった。Oさんは大田区馬込に生まれ育ち子ども時分から国技館へよく通っていたらしい。ははん、ぼくも若いもんをつかまえて「千代の富士はなあ」なんてやってるときは鼻の穴をひろげてこんな顔をしてるに違いない。名前の出た力士を合わせると100人は超えていただろう。力士だけでなくNHK解説者やアナの懐かしい名前とその解説ぶりや実況スタイルまで懐古。往時のアマチュア、学生相撲界にまでも話題は踏み込んでいった。あのころはまだ10代、雑誌ゴング臨時増刊「昭和の名力士100人」の記事を諳んじるくらい読み込んだ成果が40年の時を経て発揮されたのだ。若い時の記憶ってのはすごいね。それにしても常連とはいえ3人のドカドカうるさい(元・現)相撲オタクがたまたま同じ日、同時刻の居酒屋のカウンターに隣り合わせる偶然にはびっくりした。最後は協会の抜本的改善案も勝手に出し合われるなどエア理事気分あるいはエア横審気分。まったく相撲ファンは熱いです。外は寒いです。
写真はけさ、冬の朝陽が差し込む部屋の花です。
「一度でええから吉本みてみ、笑いのツボが東京とちゃいまっせえ」と豊中出身の後輩に言われたのは学生時代。梅田から地下鉄で難波へ、やって来ましたなんばグランド花月。笑いたかったらここへいらっしゃい、午前の部は9時45分開演で朝から笑えます。新装なった花月は笑いの殿堂であると同時に商魂の殿堂でもありました。グッズショップやお土産ショップが広い広い。まだ9時過ぎだというのにもうお客さんでいっぱいでした。「忖度まんじゅう」も人気です。劇場も満席で観光客らしき人も多いが地元大阪のおばちゃんおっちゃん姉ちゃん兄ちゃんらも詰めかけて、常連さんはビール片手に立ち見席。番組は漫才色物6組で1時間、休憩挟んで新喜劇1時間強。この日の漫才はトミーズや西川のりお・よしおに宮川大介・花子、みなさん円熟の爆笑芸。そして新喜劇で笑いの仕上げ。ビール吹き出しそうになりながら瞬く間の2時間とちょっとでした。大阪はいつも笑いが隣にあって笑いを心から愛する街なんだなあと思いましたわ。笑いすぎてマフラーを客席に忘れてしまいあとで気付いて取りに戻ったとき、スタッフさんたちがとても親切に対応してくれて新年早々心がホクホクしました。忘れてよかった。
叩く(はたく)ことについて
吉本新喜劇では劇中頭をウレタンの棒状のもので“スパーン”と叩く場面が随所にありそれがまた客席の爆笑を誘う。叩くことは暴力であるに違いないがテレビの人気お笑いタレントがやるような弱い者いじめや“イビリ”とは真逆なのである。注意深く見ればわかるが叩かれるのはお父ちゃんやおっちゃん、警察官や議員やヤクザの親分など普段強い立場にある者たちばかりだ。それらの頭めがけて娘役や子ども役や子分役が「何しとんじゃこのボケッ!」と言ってスパーンと痛快にウレタン棒を振り下ろすのだ。吉本新喜劇のはたき芸(?)は弱い者、抑圧される者が強い者、抑圧する者を叩くことに徹している。ここに大阪のお笑い芸の真骨頂というか、反骨精神を見るのである。
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